今更だけどマインドフル・ワークを読んだ

マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える
 

『マインドフル・ワーク』、地元の図書館で見つけて、借りました。

内容はマインドフルネスの実践のための内容ではなくて、アメリカでのマインドフルネスの流行やビジネスパーソンへの効果をまとめたものです。
2015年の本なので若干古めですが、アメリカでどういう流れでマインドフルネスが流行したか、その流行によって、ビジネス的にどういう影響を与えたかがわかります。

マインドフルネスは、元々特定の宗教で行われていた儀式・知識から宗教性を排除して、信者や厳しく長い修行を終えた人だけが習得できた方法を一般化した結果できたものです。
別に出家しなくても、断食/断水とかしなくても実践できます。
だからこそ、それまでの瞑想よりもマインドフルネスのほうが、目的をどこに置くか、どのように利活用するかというのが難しいのかなと思います。

例えば社員研修にマインドフルネスを導入したら離職率が下がった!みたいな効果を経営者が期待していたとしても、確実にそうなるかは疑問です。
社員の中に、強い不安やプライド(収入や貯蓄がなくなるのが心配、勤め先や役職などの肩書へのこだわり)などの理由で、離職したいけども、仕方ないからいるか…という考えの人が多数いた場合、マインドフルネスによって考えが整理されていった結果「辞めます」という人が増え、かえって離職率が増えたという結論になるのも不思議ではないからです。


いくらストレス解消・緩和に効果があるとされていても、マインドフルネスをすれば過酷な労働環境に万人が絶対適応できるようになるわけではないですし、本来、マインドフルネスをすることの結果として社会的な効率を求めるのが正しいことなのかというのは微妙です。
そもそもそういった価値観から(一時的にでも)離れていくことを実践するのに、最終的な効果として「本人の実感」ではなく「社会的な評価」を主としてしまうと、マインドフルネスの実践自体にも影響が出るんでないかというのはあります。
マインドフルネスが与えるメリットとして出てくる生産性の向上とか、コミュニケーション力のアップとかいうのは、副産物であって、それを主な目的として捉えるのは、目的でないものを目的化しているような気がします。

アメリカでは、マクドナルドのように大衆化・商品化されたマインドフルネスを指して「マクマインドフルネス(Macmindfulness)」と言うそうです。
ヨガはマインドフルネスに先行して大衆化が進んだ結果、瞑想や修行のイメージは薄れて、かつてエアロビクスと呼ばれたような室内での有酸素運動というイメージが主になりました。ああいった形でマインドフルネス(瞑想)も大衆化されていくのかなと思います。ただそれが悪いかというと、一概に悪いことでもないし、運動だって体にいいし、マインドフルネスだっていいことはいいじゃないかという話なんですが。
敷居が低くなることと大衆化するということはほぼ同じことなので、これだけどうにかしようとしても本来マインドフルネスが大衆に開かれたものなので、どうしようもないわけです。

 

大事なのは、マインドフルネスの効果指標として「自分のいまの状態が実施前とどう変わったか」を把握することからずらさないことだと思います。
あくまで、あなたがどうだったのか。座る前と座ったあとで、どんな変化があったのか?その変化によって周りの評価が変わるのは、またそのあとの話だと思います。